明石海峡大橋

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明石海峡大橋と原口忠次郎

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明石海峡大橋

本州と四国を淡路島経由でつなごうという発想は明治40年ごろからありました。

 

 

 

夢物語のような構想であった明石海峡大橋を現実のものにかえた人物がいます。

 

 

 

当時、内務省神戸土木出張所長を務めていた原口忠次郎です。

 

 

 

佐賀県出身の原口忠次郎ですが、京都帝国大学を卒業後は、内務省に入省し、土木出張所に歴任していました。

 

 

 

米国サンフランシスコのゴールデンゲートブリッジが出来たことをきっかけに、日本にも大きな吊り橋を架けたいと願ったのが、後に明石海峡大橋を現実のものとするきっかけでした。

 

 

 

戦前の1940年に提案した鳴門海峡架橋は軍事的理由で断念することを余儀なくされますが、彼の思いは強く、戦後、明石海峡大橋の架橋構想を固め調査準備を開始しました。

 

 

 

前代未踏の計画だったため、反対の声多かったようですが、「人生すべからく夢なくしてはかないません。」と、毅然とした原口忠次郎の態度にみなが賛同し、明石海峡大橋の実現に向けて団結したのでした。

 

 


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